手術的八日目

2011年11月12日 手術後8日目です!


ジョブズごっこ!


「鏡の中に」


前回の更新で書いていた懐かしい思いとは何だったのか?書いてみましょう。

11月04日に手術が終わって、帰宅して来たときから少し感じていたのですが、腫れが落ち着いて来るに従って徐々にその思いが強くなって来ました・・・。私は、宮崎で生まれ18歳まで育ちました。子供の頃に気付いていたのですが、父はとても二重まぶたが大きかったですね。母も見事な二重です。そして弟も二重です。つまり家族で私だけが一重まぶただったのです。これは隔世遺伝のなせる技。祖父や祖母に一重の方が居たって事ですね。

その後成長しても、一重まぶたで困ることはありませんでした。逆に「このまぶたは寒さから眼球を保護するには良いのでは?」と思ったりしてね。ところが、55歳を過ぎてから徐々に「眼瞼下垂症」(加齢等によりまぶたが下がる症状)が顕著になって来て「こりゃあイカンぞ!」と気付き始めました。上方視野が年々狭くなって来たからです。

上方視野が狭くなると、何が起こるのでしょうか?
まず、姿勢が悪くなります。視野を稼ぐ為にアゴを突き出して見る様になります。もしくは上まぶたを無意識に引き上げようとする為、額の筋肉を常に連り上げる様に力を入れ続けます。額の筋肉は頭を通り肩まで繋がっているので、これが強い肩こりを引き起こす原因となります。私は眼瞼下垂が発生するまで全く肩こりを知らなかったのですが、ここ3年〜4年で、急に肩こりを感じる様になったのです。

もうひとつ、目の下の隈が気になっていました。眼瞼下垂になると、目の周りの血流循環が悪くなり、目の下がうっ血して隈になりやすいのです。ここ3年ほどでかなりひどくなって来ていました。それらがストレスとしてたまっていたので、思い切って手術を受けたわけです。自分の持って生まれた顔をいじるのは、ちょっとした勇気が必要ですが、まあ私は男ですからいささか傷跡が変になったところで今更との思いもあり、そんなに緊張することも無く意気込むことも無く医師にすべてを任せました。

11月11日午前中、1回目の抜糸を行いました。診察室のベッドに横になり数分で完了。抜いた糸を観察すると、驚くほど細いものでした。ほとんどの糸は抜いたのですが、二重をキープするための糸を数本だけ残してあります。1週間後に再度最終抜糸を行います。これで第一段階完了です。後は完治へ向け患部の組織が安定するまで、時間が解決してくれるのを待つだけ!

抜糸の後、医師に言われたのが・・・
「一重のときの無意識の筋肉の動きを行っています。目を大きく開け過ぎですね。そんなに力を入れなくても大丈夫ですよ。少し下を見るクセを付けてくださいね。腫れが無くなれば、二重は自然に地味になりますからご安心ください」

そうなんです。59年間使い続けて来たまぶたの筋肉は、そう簡単にその使い慣れた動きを切り替えることが出来ません。現在はまぶたが開きちゃんと見えているのに、さらに見ようと無意識に目を見開いているのですよ。これからは意識して半眼状態をキープしてみましょう。

さて、最初に書いた「懐かしい思い」とは何だったのでしょうか?
私の父は深い二重のまぶたをしていました。私は一重でした。それでも私は小さい頃から父に似ていると言われ続けていました。年を経るごとに父に似て来ると言われていました。そして今回の手術を終えて腫れがある程度落ち着いた段階で、鏡の中に父の面影を見つけたのです。すでに父が亡くなって19年経ちましたが、二重になった鏡の中の自分はいっそう父に似てきたのですよ。これで、患部の腫れが引けばさらに似てくるのでしょうね。


今朝の私はかなり父に似て来たような・・・。


男は、日々鏡を見つめることはありませんが、毎朝洗顔の際には必然的に鏡を見ます。きっとこれから一生、毎日の様に父の面影を鏡の中に見続けるのでしょうね。 すでに、母も弟もそれに気付いたそうですよ。


本日の結論
もういつでも、当家に遊びに来られても対応できますよ!

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