抹消的抵当権

2002年09月20日 これで私のたちの所有権は取り戻した!




「再度来ていただくかも知れません」

人には消し去りたい過去がある。人生が長くなればなる程、その確率は高くなる。だが、過去は個人的歴史の中に埋没しながらも残り続ける。決して消える事は無い。記憶喪失にでもなればそれも可能だが、それとて自分の記憶が消えるだけで、他人の記憶から消せるわけでは無い。だが・・・借金はいつか消せる!

平成元年、日本経済は活況を呈していた。バブル絶頂期だった。当時の勢いに任せ、マンションの一室を購入した夫婦がいた。以前のマンションからの買い替えだった。人はそれを「マンション転がし」と呼んだ。高額だった。平成元年9月30日新居に移り住んだ。そしてその半年後、バブル崩壊。マンションの価格は暴落を続けた。借金の山が残された。

低迷する日本経済、起死回生のローン返済計画、待ち受けていた幾多の誤算。そして銀行、公庫との交渉。予想もしなかった法務局との戦い!これは夫婦が35年住宅ローン完済に挑んだ感動のドラマである。

♪〜〜〜前奏〜〜〜♪風の中のス〜バル〜(そろそろ飽きたぞ〜!)

「私家版 プロジェクトX
  ・・・抵当権を消せ!・・・」


2002年8月、暑い夏だった。記録的猛暑となった。会社のクーラーが過熱し故障した。汗まみれになり勤務先から帰り着いた田辺(50才)は言った。「おい!退職金をもらうことになったぞ!」妻はすぐに応えた「じゃあ!住宅ローンを全部返そうね!」田辺は定年まではまだ先がある。だが、取締役になった事で、身分が社員では居られなくなった。その為の退職であり、退職金だった。

バブル当時の公庫ローンは金利5.25%。今では信じられない程の高金利だった。それをこの10年以上の期間、払い続けて来た。永年、ローンの金利増殖を防ぐことが、田辺と妻の最優先課題となっていた。低金利時代に退職金を預けてもほとんど増える事は無い。当面の敵は「高金利」。夫婦は退職金をその返済に充てようと決意した。

暑い日々は続いた。

8月30日退職金が振り込まれた。29年に渡る労働の結果だった。その金額を見て田辺は震えた。「足りない!足りないぞ〜〜〜!!!」残っていたローンの合計金額管理は家庭的金銭管理に長けた妻が一手に引き受けていた。だが・・・そこに隙があった。

妻の計算していたローン残高と退職金には200万円以上の誤差が生じていたのだ。さらに早期支払手数料も発生していた。田辺は天を見上げた・・・。 打開策はあるのか・・・。妻は言った「なんとか集めてみる!」田辺も「秘密のお小遣い口座」を取り崩す決意をした。そして、全額が揃った。

9月に入った。まだ暑い日々は続いていた。現金を握りしめた妻は、銀行と公庫に連絡をとり、支払を済ませた。これで、すべての借金は完済した。田辺は肩の荷がおりたと思った。久々に清々しい気分を味わっていた。田辺夫婦に新しい人生が始まった。

司会者「こうしてお二人は35年ローンを完済されました!おめでとうございます!
    どうだったですか?全額支払われた御感想は?」

田辺 「退職金が少しは手元に残ると思っていたんですが・・・足りませんでしたね。
    でも、スッキリしましたよ。現在は財力が全く無いですがね! 」

妻  「あんなに現金をもって歩いたのは初めてでした。恐かったです。
    つましい暮らしをして少しずつ貯蓄を続けていた成果が出ました!」


司会者「支払を済まされてそれで終りでは無かったのです!
    そこに待ち受けていたのは法律の厚い壁でした」


住宅取得の際には、ほとんどの場合ローンを組む。ローン会社はリスク回避の為、ユーザーが入手した住宅に「抵当権」を設定する。田辺が手に入れたマンションには銀行と住宅公庫の2社から抵当権を設定されていた。

ローンを完済すれば、それですべて処理が終わると信じていた夫婦に、銀行、公庫それぞれから渡された書類があった。「抵当権抹消届け」だっだ。それぞれの金融機関が設定した抵当権はローン完済の為必要無くなったが、その記録は法務局に残っている。だが、金融機関はそれを抹消してくれなかった。自力での抹消が要求された。そのために委任状まで送りつけられてきた。

調べてみると「抵当権抹消」手続を代行する業者がいた。行政書司。料金は3万円。「抵当権抹消」は面倒な作業なのか?夫婦は語り合った。3万円あれば日帰りバスツアーに家族全員で参加出来る。3万円あれば豪華中華ディナーが夫婦で楽しめる。ディズニー・シーにも行ける!さらに「恐いモノ観たさ」もある!夫婦は自力で手続きする事を決意した。

「抵当権抹消に必要な書類」を用意し、管轄の法務局の場所を調べた。小田急線「新百合丘駅」前 麻生区総合庁舎内にあると判明した。WEBで見つけた地図にあった電話番号に問い合わせたが、役人の言葉は耳を疑うものだった。

妻 「必要な書類をすべて教えて下さい。これとこれがあるのですが・・・」

役人「それで全部のはずですが、手続きの後、再度来ていただくかも知れません」

もう一度行かなければならなくなる可能性があると役人は言い放った。田辺は怒りにうち震えた。すべての書類が揃っているのになぜもう一度行く可能性があるのだろうか?その手間をかけない為に「全書類」の確認をしたのだ。妻も役人の言葉に呆れた。

あれこれ面倒な事を役人が言い出したら妻は戦えるのか・・・。平日しか役所はやっていない・・・。このような面倒な手続きは妻だけに任せるわけにはいかない。田辺は有給休暇を取得し、法務局へ手続きに出かける事にした。決行日9月20日は爽やかな朝となった。



法務局麻生区出張所は自宅から車で30分の距離だった。到着したのは11時30分。用意した書類を持ち5番の相談窓口へ急いだ。担当者はベテランと見えた。ていねいな対応、分かりやすい指導。実直な担当者だった。田辺の公務員に対するイメージに変化がうまれた。公務員のイメージがかなり上向いた。田辺の亡くなった父も実直な公務員であった。担当者の中に父を観た気がした。相談担当者は、書き込むべき届出書類を夫婦に渡した。そこには膨大な記述が必要だった。



指導に基づき、役所の昼休み時間を使って面倒な書類の数々を書き終えなければ申請はできない。夫婦は昼食は抜いて作業をすすめた。昼休みになると事務室内の電気は消された。PCを使えばすぐに終わる内容だが、用意されている書類は手書きでしかここでは仕上げられない。妻はペンを握りしめた。膨大な項目の為、申請書類に書き込む文字は小さくならざるを得なかった。老眼の目には辛い作業となった。



抵当物件は内容が3つに別れていた。建物と二つの地番を持つ土地。それぞれに1000円の収入印紙が必要となった。そのため抵当権抹消申請書類1枚に3000円が必要となった。借り入れした金融機関は2社。抵当権抹消申請書類は2社それぞれに必要だった。収入印紙も2枚必要となった。合わせて6000円。莫大な出費が課せられた。金融機関が自ら抵当権抹消の手続きをしない理由が見えてきた。



全て指示された通りに書き込み、書類が出来上がった時には昼休み時間はもう終わりかけていた。書類にはコピーをしなければならないものが14枚もあった。法務局でコピーはとれる。だが1枚に40円も課金されると言う。税金を徴集し6000円の印紙代を要求し、さらにまだ560円も取り上げるというのか!コンビニなら1枚10円コピーの時代だ。田辺は唇を唇を震わせ妻に言った「40円は暴利です!これを支払えば、我々の負けです。コンビニを捜しましょう!」

コピーすべき書類を掴み、夫婦は総合庁舎を足早に出た。5分程歩くうちにショッピングセンターを見つけた。4階にコイン式コピー機があった。1枚10円だった。そして、コピーをしようとした瞬間、田辺は息を飲んだ。コインを入れなくてもコピーが可能だった。何故だ?理解できない!これはいったい・・・。

謎はすぐに解けた。前の使用者が余分に入れた料金60円を回収していなかったのだ。そのため60円分6枚のコピーが可能となっていた。ささやかな神様からの夫婦へのプレゼントであろうと、勝手に思い込む無神論者夫婦だった。追加のコインを入れコピーは無事に終了した。80円で済んだ。これで必要書類すべてが揃った。

再度、相談窓口でもれが無いかを確認し、いよいよ3番窓口に提出した。ここではアッケナイほど簡単に受理され「10月15日から確認の書類が受け取れます」と伝えられた。終わった・・・。13年に渡る永い借金の日々。法務局の手続き。人生の中で何度も経験する事態では無い。それゆえに自力で処理する人々は少ない。だが自力申請で見えてくる事もある。田辺はこれから「抵当権抹消は自分でやろう!」キャンペーンを展開しようと決意をした。妻は大役を果たした快感に晴れ晴れとした気分で足取りも軽く駐車場に向かった。





麻生区総合庁舎は駐車場がたっぷりある。30台分のスペースだ。それを仕切る男がいた。見事な車さばきで車の流れはスムーズだった。田辺は陰で総合庁舎を支える誇りに満ちたその男の立ち振る舞いに感動した。9月20日爽やかな風は午後になっても続いていた。永遠に田辺の記憶に残る日となった。

♪〜〜〜エンディングテーマ〜〜〜♪

男はNASAを目指しました。そして到達した末に手に入れたモノがありました。そのモノの正体とはいったいなんだったのでしょうか? 次回は、NASAから届けられた「貢ぎ物」の正体に迫ります!御期待下さい!




本日の結論
これで自宅はやっとホント〜に私達のモノとなったぞ!フ〜〜〜ッ疲れたなあ!
よ〜し!3万円分食ってやるぞ〜!(減量中じゃないのか〜?)

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