「目の前の中年男は」

電車の中で時折ギターケースを持った若者を見る。それぞれ大事そうに抱えている。特に渋谷から東横線に乗る際に目撃するのが、真新しい買ったばかりのケースを抱えている若者達だ。バイトの金をせっせとためて買っているのだろうなあ。

3月8日朝の事だった。日吉駅で出勤電車に乗り込んだ私は、立ったまま本を読み続けていた。しばらくして気付くと１人の中年と思しき男が目の前に立っていた。その男の身体の向こう側にアコースティック・ギターケースらしき頭の部分が飛び出して見えていた。ほほう！こんな朝早くから中年おっさんがギターを担いでどこに行くのだ？プロなのだろうか？

電車がやや揺れた。その中年男は身体を少しずらした。ギターケースの全貌が見えて来た。ん・・・んんん・・・？？？なんじゃこりゃ〜？ギターケースだと思っていたハードケースはギターの形状をしていなかったのだ。なんとたとえればよいのか・・・「首の長いフラスコ形」とでも表現すれば良いのだろうか。下の部分だけがかなり太く丸く作られていた。明らかにギターやバンジョーのケースとは異質な形をしている。かといってマンドリンケース程小さくも無い。

中身はなんだろうか？その形状にあてはまる楽器を私の知識から検索してみると・・・シタールという単語が思い浮かんだ。おおお！！！そうかそうか！インドの神秘！妙なる金属音で魅了するシタールではないのか？だが・・・それにしては規模が小さく感じられる。シタールがギターと同じ程度の長さであるはずが無い。それとも、ミニシタールってな楽器が存在するのだろうか？

早速WEBで検索である！「ミニシタール」おおお〜〜〜！！！それは現存したぞ！だが、インドではお土産用として売られているおもちゃらしい。弾いて弾けない事は無い程度の扱いのようだ。そんな程度のミニシタールを朝っぱらから中年男が持ち歩くとは・・・理解しがたい。

その線がうすいとすれば、他に何を入れる可能性があるだろうか？ケース自体はギターのハードケースと同じ素材である。ゴルフクラブを入れられなくも無い。だが、そんなバカな事はしないだろうな。では、銃器はどうだろうか？ライフルを入れて運搬するのに・・・。カモフラージュとしてはかなりトリッキーな入れ物のなので、逆に目立ってしまうなあ！！！これも無いか・・・。

その中年男の風体は、決してあか抜けてはいなかった。ミュージシャンやゴルゴ13である可能性は少ないだろう。だが、あか抜けないミュージシャンもいない事は無いなあ・・・。ふう〜・・・。発想を変えてみよう。最初に感じた「実験用大型フラスコ」運搬用ケースである可能性はないのだろうか？この中年男は、学者であると仮定してみよう。そして、フラスコに異様な愛着心を持ち、どこで実験するにも「お出かけ用大型フラスコ」を「マイ・フラスコ」として持ち歩いているとしたら・・・。

ううむ・・・話にかなり異常性が出て来たなあ！ではな何故、フラスコを持ち歩く程の愛着心が生まれたのか？「フラスコ・フェチ」とまで昇華した彼の心の奥に潜む大きな闇は、幼い頃のトラウマであると人は言う（人ってだれだよ〜！）では、その心的障害を受けた原因とは・・・彼「高橋浩和」が生まれた1964年夏から秋にかけてのの出来事だった。

彼の父は、生物学の学者だった。家庭内にもその影響は色濃く存在していた。多くの本棚、そして実験機具がインテリアとしてリビングの壁面にも並べられていた。母親はそれを心底嫌がっていたが、夫の趣味に口出しする事も無かった。やがて母親は突然、そんな実験機具を積極的に利用するようになっていた。

シャーレは刺身用の醤油皿としてテーブルに供された。もちろん醤油は小さめのビーカーに入れられていた。丸底フラスコには花が生けられ飾られるようになった。窓際に置かれたフラスコの中には小さなヒマワリが風に揺れていた。妻のその異変の正しい意味を、その時夫は理解していなかったが、妻はすでに崩壊を始めていた。

「高橋浩和」が視力を有し始めた頃、哺乳瓶は丸型フラスコになっていた。そして秋の入り口、東京オリンピック開会式の日。晴れ上がった朝、母親は丸型フラスコにミルクを作り浩和に与えると、静かに家を出た。それ以来、母親は決して帰って来る事は無かった。その頃、父親は研究室に泊まり込みを続けていた。学会が近付いていたのだ。2日後、父親が帰宅した時、弱々しく泣く浩和と空の丸型フラスコを見つけた。

2日間、和弘が母親の代わりに見つめ続けたものは丸底フラスコだった。
それは愛の対象であり、憎悪の対象でもあった。生後間も無い乳飲み子がそれでトラウマとなるのか？はなはだ疑問である。だが、現に目の前の中年は「マイ・フラスコ」を持ち電車に揺られているのだ（ホントにケースの中は丸底フラスコか〜？）

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おいおい！やめろよ〜〜〜！！！こんなイイカゲンで暗い話は〜〜〜！！！




本日の結論
ネタがつきてくると、こんな妄想も書かざるを得なくなるのである！

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