降雪的幸福感

2006年01月23日 幸せはどこから来るのだろうか?


1月21日昼頃、当家の近所はこうだった。

「一寸だけ嬉しいここ数日間」

ニコンがほぼフィルムカメラ市場から撤退し、またカメラのデジタル化だけではなく、コニカミノルタがカメラ市場そのものから撤退すると言う。時代は変わったなあ・・・かつてカメラマンを目指していた時代もあった私なのだ・・・。ジミジミするなあ・・・。

ニコンのフィルムカメラはその昔、カメラ小僧たちのあこがれだった。だが私は当時は買えず、ミノルタを買った。一眼レフのミノルタTRT-101。小遣いを貯め半分オヤジに出してもらい手に入れたカメラだった。貧乏な田舎の高校生だったのだ。そのカメラは5年〜6年ほどして空き巣に持ち去られた。やなことを思い出したなあ・・・。

今は私自身がすっかりフィルムカメラで撮影することが無くなったので、企業のことをあれこれ言えた筋合いではないが、紙焼きとして残す思い出が徐々に無くなって行く気がする。メールでやり取りした画像はその瞬間に大笑いし、忘れ去られて行くのだ。

先週土曜日に関東地方でも雪が降り、当家の辺り一面真っ白となった。10cmほど積もっていた。ほぼ1日で車での交通は何の障害もなくなったが、もし、このまま雪が3mも4mも積もって来たらどうすりゃいいんだ?当家はマンションの最上階である。雪下ろしを代表でやらなければならなくなるのか?そんなこと一度もやったこと無いし。雪用のスコップも持ってないし・・・。実際にそれだけ積もっている地方があることを知っているだけに、寒々しい風景に見えたなあ。

で、朝から雪が降り積もる中でコタツに入りぼ〜っと外を眺めていた。コタツの上には定番のかごに入ったみかんがあり、雪にもかかわらずちゃんと配達された新聞があり、妻がいて、そしてテレビの報道番組を見ていた。この暮らしはなんだろうか?と考え始めたその時、突然私の中で「幸せ感」が涌きだして来たのだ。今まで空っぽで寒々しかった頭の中が温いお湯で満たされて行くような幸せ感だった。少し体を動かしてみたくなるような幸福感とでも言えばよいのだろうか。笑みが浮かぶのが分かった。「し・あ・わ・せ・・・」とコタツに潜り込んだまま小さくつぶやいてみる。

私のつぶやきに気付いた妻が「そう!よかったわね!」と反応を示した。「幸せってなんだっけ?」とも思うがとにかく幸せだとその瞬間に私は感じたのだ。単純に「しあわせ」と感じることとブランドものを手に入れての「物質的幸福感」とは違うカンジがする。私が感じたのはあくまでも「鬱」に対応する「幸せ感」のことだ。「精神」が「脳」がそう感じる瞬間を長〜い間求めていたのだ。その「幸せ感」は土日と2日間続き、更に月曜日の今日もそう思えていた。「しあわせ」と単純に思うだけの「しあわせ」っちゅうもんがあるんぢゃ!

実は金曜日の帰り道のことだった。電車の中でミステリーを読む習慣は「鬱」が始まってから苦しいものとなり、本を開いても、ただの文字の羅列にしか見えていなかった。数行読んでも頭には入らず、ここ数ヶ月はすっかり放棄していたのだ。久々に思い出し、新しいミステリー本を読みながら電車に乗ってみた。すると面白い!面白いのだ!何だこの感覚の違いは?すっかり忘れきっていたぞこの感覚!

スムーズに本が読めることを幸せだと思った帰りの電車内だった。その延長線上にコタツの中の幸せ感があり「鬱」に相対する「幸せ感」が存在するのだと強く感じた。精神力が復活して来たのだろうか?積極性が出て来たのだろうか?大きく失った後に再び精神力が手元に戻って来た感じが、一寸だけ嬉しいここ数日間である。



本日の結論
時価総額8000億円集めても小菅送りじゃなあ・・・ホリエモン。

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