読了的産業史
2004年01月08日 たまにはこんな本も!
 

佐藤正明著「映像メディアの世紀」日経BP社刊


「下手なミステリーより楽しめるぞ!」

通常読んでいる本は、ミステリーやハードボイルドが中心である。それらの小説には「陰惨」なシーンも多く登場する。何冊か読み続ける内に嫌気がさす事もある。そうなると気分転換に全く違うジャンルの本を読みたくなることもある。1月6日に馳 星周著「鎮魂歌」を読み終えた時、余りにも多い暴力シーンの連続にまたしてもその気分転換が必要となった・・・。

昨年末、母が上京して来た際に時間つぶしと親孝行の為にBOOK OFFへ連れ込んだ。母と一緒に100円コーナーの棚を眺めつつ歩いていて、思わず手を延ばしたのがこの本、佐藤正明著「映像メディアの世紀」日経BP社刊だった。表紙が反射率の高い印刷がしてあり、ストロボを使ったのでちょっと汚く映っているが、本の表紙を見るだけで、ため息が出る程の方々が登場しているのが分かる。

638ページのかなり分厚い本だ。副題に「ビデオ・男たちの産業史」とあった。現在一般 家庭で当たり前のように使用しているテレビと、特にVTR開発にかかわった人々、さらにはそれぞれの企業の思惑と駆け引きが綿密な取材に基づいて記述されている。現代の歴史小説の感がある本だ。内容に私の経験した事実とシンクロする部分があるのでかなり面 白く読み進んだ。

私がCM業界に入った1973年には、まだ家庭用小型VTRは販売されていなかった。厳密に言えば「Uマチック」と呼ばれる3/4インチのVTRは販売されていたが、家庭用には程遠い価格と大きさ、重さだった。記録時間も最長で1時間だった。テープもバカ高いものだった。そのままでは一般 家庭に普及するはずも無かった。その年は「円、完全変動相場制に移行」「金大中事件」「第一次オイルショック」などが起こった年でもある。

その頃ソニーは家庭用VTR「ベータマックス」の開発を進め試作機はすでに完成していた。だが、その機種は1時間録画機種だった。今から考えればテープ一本に1時間しか録画できなければ使い物にならないのは容易に理解できるが、家庭でテレビ番組を記録する文化がなかった時代にそれを予測する事が困難だったようだ。このスタートの間違いがその後の運命を決めたのだが・・・。

だが、その頃ビクターの高野氏は極秘裏に「VHS」の開発に着手していた。会社にも秘密にしていた。こちらは開発スタート時点から「2時間録画」を基本としていた。開発責任者の高野氏は後にNHKの「プロジェクトX」で取り上げられ「VHSの父」として一般 的にも有名になった。紆余曲折あり、結局現在ソニーがこだわリ続けた「ベータマックス」は世の中から消え去った。私も「プロジェクトX」を2回観たが、テレビで表現できる内容には限りがあったようだ。佐藤正明著「映像メディアの世紀」に書かれている事実はテレビの面 白さの比ではない。

もっと、どろどろとした企業間の戦いが繰り広げられていた。特にトップが戦いあう姿に感動するものがある。さらにアメリカ、ヨーロッパの電機メーカーを「ベータマックス陣営」に引きずり込むのか、「VHS陣営」に参加してもらうのか、の駆け引きはダイナミックで面 白い。ミステリーと違うところは、この本の結論は「VHS勝利」であると歴史的事実を読者が先に知っている事だ。

だが、その結論にたどり着くまでに「いったい何が起こっていたのか?」のメディア史を知ることは現代人の基礎知識として面 白いだろう。そこで質問である。家庭用VTR機器として「ベータマックス」と「VHS」が世に出た事実は皆様御存知だろうが、実はそれ以外にもフォーマットが存在し販売されていた事実があるのを御存知だろうか?

四国だけで販売されたフォーマットのVTRさえあるのだ。この「地域限定」と言うのがなんとも不可解なのだが、意地の張り合いや開発メーカーの思い込みによってその状況が生まれてしまったのだ。現在はTSUTAYAで映画を借りるのが当たり前の文化となっているが、そんなものが存在しない時代に経営陣には「独自のフォーマットは生き残れない」との常識的感覚が生まれていなかったのだ。さらにそれ以外にも生まれたが育たなかったフォーマットはいくつも存在するのだ。消えてしまったフォーマットは日本だけではない。

ビクターの高野氏はそれらのすべてを見越し、世界中を統一フォーマットにするべく「VHS」を開発した。その為、時間を掛けVHS連合を組む事に成功し、事実として世界中でVHSだけが生き残った。壮大な野望は成功したのだった。が・・・その裏側で必ずしも高野氏は順調に事を進められたわけではない。やはり高野氏も思い込みにより誤った方向へ動いた時期もあったのだ。その辺の心理状態に人間らしさを感じざるを得ない。「プロジェクトX」だけでは決して知る事が無かった事実である。

世の中は昨年あたりから急激に「VHS」→「DVD」+「HDD」へと移行を始めた。当家ではこの半年間にVHSで録画する事は一度も無かった。世界中を統一したVHSの意味は大きい。フォーマットが統一されなければ業界が繁栄しないのは歴史が物語っているのだ。だが、VHSの次には「ビデオディスク」戦争がぼっ発した。これにもまた様々なフォーマットが生まれ、一時期松下グループの「VHD」が健闘するかに見えたが、最終的にはパイオニアが「レーザーディスク」で圧倒的勝利をおさめる事になった。しかし、それは「録画できない機器」だった。短命だった。

「DVD」の録画機能が一般家庭に入り、さらにDVD生板の価格が150円以下にまで下がった今、もう「レーザーディスク」は存在意義を失った。「VHS」もそろそろ寿命のフォーマットとなって来た。VHSフォーマットをデジタル時代でも存続させる為に「D-VHS」が開発されたが、それとて私の周りで所有している方は一人も居ない。

この本は1998年〜1999年に書かれている。そのため「DVD+HDD」についてはまったく予測していない。むしろDVDに関しての記述はVHSに比べ否定的にさえ感じる。その原因はフォーマットを維持する為の牽引者の不在である。VHSには高野氏がいた。彼には頑固にフォーマット世界統一にこだわり続けた信念があった。しかしこの本の予想に反して、現在すでにTSUTAYAではDVDレンタルが盛んになっている。セルDVDもさかんである。私もこの1年以上はDVD作品しか借りた事が無い。ここ数年のデジタル系技術の進歩はインターネットを含め凄まじいものがある。チデジもあっという間に普及してしまうのだろうな。

この本のほとんどは高野氏の動きが中心となっている。その動きは私が勤め始めたからの様々な出来事があった時期と照らし合わせると「おおう!あのころあの人々はそう動いていたのか!」などと大いに納得できるものがある。そして・・・登場した重要な役割を果 たした人々は21世紀を前にほとんどが鬼籍に入ってしまった。1926年高柳健次郎氏がテレビジョンの実験に成功してから、20世紀末に至るビデオ産業史は、下手なミステリーより楽しめるぞ!といっても一般 人にはあまり関係ない話しか〜?



本日の結論
こんな本もたまにはね。結構面白い本だって!

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